成功者の偶像と実像とは?
成功者の偶像と実像とは?

なたは1度でもいいので、成功者になりたいと考えたことあるだろうか?
もしくは想像したことがあるだろうか?

まずは、世界的な漫画ワンピースで一躍有名になった言葉を紹介しよう。

人が空想できる全ての出来事は、起こりうる現実である
Anything one man can imagine, other men can make real.
by フランスの作家、ジュール・ヴェルヌ

とはいえ、あくまでも可能性であり、空想上の出来事である。
では、空想と想像の違いはなんだろうか?

  • 「妄想」=説明のつかないような想像。
  • 「妄」には、でたらめ、という意味がある。
  • 「創造」=物事(ものごと)を新しくつくること。「創」には、はじめてつくる、という意味がある。
  • 「想像」=実際にはない物事や未経験の物事について考え、推測すること。
  • 「空想」=現実にはありえないような物事を想像すること。ファンタジー。

先程の言葉に当てはめると、現実にはありえないことでも、現実の可能性があるということになる。
ありえないことでも可能性がある。なるほど、このように考えると面白い。

ちなみに想像は推測することなので、より現実の可能性が増してくるといえるだろう。

今回は思考が現実化するのか?しないのか?といった議論ではなく、あくまでもタイトル通り成功者の偶像と実像にスポットを当てて進めていく。

ここにスポットを当てなければならなくなった理由は、成功者になりたいと思う(空想する)人間は後を絶たないが、実際に(現実として)成功者になれる人は限られている、という事実が浮き彫りになってきたからだ。

成功の定義については、一般的に資本主義社会で言われているお金持ちといったことではなく、成功していると自覚できるかどうかも含んだ上で進めていくことにしよう。

ここで成功者の偶像と実像を浮き彫りにすることで、願わくば一刻も早く、比率が逆転する世界が実現して欲しいと願う。
比率の逆転とは…
「成功者になりたいと思う人間は限られているが、成功者になった人間は後を絶たない」という比率となる。

それでは、はじめよう。

成功者の偶像とは?

ずは成功者の偶像を解説する前に、知っておかなければならない重要な事実がある。

それは…

成功者になりたいと思う人間は数多く存在しても、成功者の立場になって考える人間は少ない という事実。
そしてその比率は先程の比率に驚くほど酷似しているといえるだろう。

ではなぜ少ないのか?

それは成功者の偶像を追うだけで満足していたいからいう理由が大きいといえるだろう。
では成功者の偶像とは、どんなことを指しているのか?

それは既にご存知のように、大豪邸や超高級車、南の島でのんびりと優雅に暮らす…
あるいは人々から尊敬を集め…才能に溢れた姿…

超高級車

 

 

高級マンション

リゾート地

優雅に暮らし人生を満喫したい?
諦めたらそこで終わり

ここでは、なぜ成功者のイメージがこのようなものばかりになるのか?
この理由について少し掘り下げてみることにしよう。

結論からいえば、先に結果を見せることで人々を扇動することができるからだといえるだろう。

扇動とは…人の気持をあおり(=煽)立てて、ある行動を起こすようにしむけること。
これは裏を返せば、そうでもしなければ人は動かないからだという言い方もできる。

ではなぜ、これらのイメージが成功者の偶像だといえるだろうか?

その答えは、成功者もすべからず、悩みや不安を抱えているから。

では、どんな悩みや不安なのだろう?
例えば、今の地位や財産を失う恐怖。

そう。その通り。

不安や悩みの比率は成功者もほとんど変わらない。
変わるのはその大きさだけ。
成功者といえば、かの大統領と呼ばれる人でさえも、不安や悩みは抱えているといえるだろう。
大きさは桁違いだが、比率はそこまで変わらない。

ここまでは、OK?

つまり成功者になりたいとは、成功者の現実を手にしたいのではなく、今抱えている不安や悩みを払拭したいだけに過ぎない場合が多いといえる。

そうなると、成功者を目指したいのに、成功者になっても悩みや不安が大きくなるだけで無くならないのなら…

偶像にしがみつくだけで済ませたいと無意識で考えたとしても十分に納得できる。
もちろん虚無感からは逃れられないので、また次のイメージを探し埋めていく…

成功者になるためには、成功者の考え方を知る必要がある。
成功者の視点になる必要があるといえるにかかわらず、それは考えようとしない
というりも(無意識的に)考えたくない。

では成功者の実像とは何なのだろうか?

ここからは、あまり考えたくない、その実像に迫ってみることにしよう。

成功者の実像とは?

功者の実像とは、先程も少し触れたが、大きな成功を収めるほど、それを失いたくない不安や恐怖も大きくなることを意味している。
しかも成功者と呼ばれる人は決してそれを明かさない。
なぜなら、それを明かせば共感を得ることができても、人を扇動することはできないと知っているから。

成功者の実像とは、同じ人間である、ということに他ならない。

まずはこれを知ること。
ここで1つ想像(推測)して欲しい。

もしあなたが成功者として、更に多くの人の悩みを解決したいと考えたとしよう。

あなたの多くの人の役に立ちたいという気持ちとは裏腹に、その殆どの人は耳をかさず貸しても行動もせず、甘い蜜だけを欲しがっている。
しかも平気で罵詈雑言を浴びせてくるのだ。

これでは、とてもやってられないといえるだろう。
そう。これだ。この言葉だ。

他人のことを真剣に考えた上で「やってられない!」と何度思い浮かぶか?
そして、それを更なる勇気と希望で乗り越えていけるのか?

勇気と希望とは、空想上のことではなく、エフィカシーという自分自身の能力への信頼ということ。

そしてその能力とは、地道な積み重ねによるものが大きい。
偶像崇拝だけでは、とても手に入らない代物だといえるだろう。

一見すると優雅に見える成功者の方々は、その陰でいったいどれほどのジレンマを乗り越えてきたのだろうか。
そのように想像(推測)すると、胸が張り裂けそうな気持ちになることがある。

それとも、これは買いかぶり過ぎであり、もしかすると、感情のない冷めた人間だけが成功できるのだろうか?

だとしたら、心ある人たちが「成功者になんか、ならなくてもいい」と、無意識で考えても不思議ではない。

大勢の人の幸せを願い、様々な困難を乗り越えてきた成功者
要領と時勢に乗り、人のことは知ったことではないと考えてきた成功者

果たしてどちらが偶像で、どちらが実像なのだろうか?

成功者の偶像と実像のまとめ

今回の成功者の偶像と実像のまとめは、成功者も同じ人間であるということになる。
そして今回の記事を書いた理由は、あなた自身が既に成功者だと気がついて欲しいからだ。

成功者の抱える大きな不安や恐怖も踏まえた上で、目指して欲しいと心から願う。

大丈夫。
大きな成功を手に入れた分、安心も大きくなるのだから…

さぁ今すぐ一歩ずつ更なる成功を目指して踏み出していこう。
今そこにいる自分自身という実像を信じて…

手を差し伸べる

 

追伸と補足

こではあえて”虚像”という言葉ではなく、偶像という言葉を使った。
様々な教えの中では偶像崇拝禁止という規律もある。
極端な例で言えば、似たような絵を書いたり作ったりすることさえ禁止している。

仏教では許されているので数多くの仏像が存在している。
この意味では”鰯の頭も信心から”ということわざができた事も頷けるかもしれない。

ただ”それ以外禁止”という行為(特に新興宗教に多い)も、排除を意味するのでここでは何ともいえない。

個人的には、今この瞬間に同じ個性で全てが同じ条件が揃った環境は、カオス理論に匹敵するほど奇跡に近いものだといるだろう。

その意味では、1人1人が崇拝されるべき存在であり、それは偶像であってはいけない(他に変わりはいない)という意味で、このコンテンツは制作したことを添えておきたい。

そう。そこにいるあなたは、紛れもない実像なのだから。
願わくば、偶像に支配されないことを…